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停滞=行き止まり
個人的には回復弾の使い方に疑問が残る氏ではありますが
アセンブリ論やボウガンに関する考察・合わせてボウガンに対する愛情など
尊敬するべき点の多いじゅんじゅん氏の『弾幕の果てに』から
「この停滞の正体は」という文章を読みました。
これは既に数回読ませていただきました。
この話題は私も本当に気になるところだからです。

なお、他に参考にしたのはラーム氏の『老人と森丘』、
Sasaming氏の『Dragon Jet Storm』があります。


さて、今まで同様、基本的には中の人が彼女と一緒にやるモンハンで
一人のときにはヨサゲな部屋がアドパに立っていれば、
それを確認してからソフトを取り出す、という今の有様です。
これはヤバいどんどんやりたい、とは思いませんね、やっぱり。
というか、やりたいことは終わった感じがします。
ん、私も停滞しているのか?
それとはちょっと違うと思います。
私がこうした態度でモンハンに向かうのはもっと前から、
言えば2年前くらいからずっとこんな調子ですから
ある程度の停滞感であれば私はずっと感じているのです。
そしてそれは買うよりずいぶん前からきちんと予測していたことでした。
だからこそちょっとやそっとじゃ買わない決意をしていたのです。

でも、モンハンには、他にはない展開性が確かに存在するのです。
ドスのオンラインサービスが終わりを告げ、トライに行かなくなると、
やはりそうしたツールは欲しくなるものです。


閑話休題。


前の考察でモンハンそのものが楽しいものではない、という可能性は
私の思い過ごしである可能性が限りなく大きくなりましたので
その方向は考えないことにしました。
次に私が考えた停滞感の正体は、「行き止まり」です。
「行き詰まり」と言ってもいいんじゃないかと思います。

先の見えない道を歩くことはとても大きな不安を誘うものです。
ポータブルシリーズなどは顕著なのですが
ゲームのモチベーションになるような目標を持ちうるかどうか、
これは特にクリア後のゲームを続けるかどうかを
左右する重要な指標になると思います。

これは私の例ですが
最近やっていた Armored Core for Answer をやらなくなりました。
これは全てのパーツを揃えたからです。
私としてはアルドラのヒルベルトG7(及び互換性の高いソルドナG8)、
インテリオルユニオン(だったかな?)のテルス、
そして何より有澤重工株式会社謹製(株式でない可能性が限りなく高いが)、
山鹿、糠平、雄琴、作並といった徹甲榴弾砲。
まあ、これらが揃えば満足なのですね。
あとは、できたら、これで作ったアセンブリで誰かに活躍してほしいですね。
しかしこれを操作して自分でランクを挙げるというような目標がないから
結局誰かに勝っても嬉しくないし、プレイ自体が続かない。
続かないのは、わたしとって対人戦にやりがいがないからです。

やりがいが感じられることというのはゲームにとって
大切なことに違いありません。

モンハンに真新しさがあった昔と、今とでは、
ゲーム性、クエストの持つ価値は昔と同じでも、
それを自分でどう扱うかという点ではかなり違うと思います。

今から始めたという人にとってはかなり充実したラインナップですし
今も飽きずにずっと続けている人はアドホックパーティを見ただけでも
たくさんいます。人の手伝いだけでもやりがいを感じることがあるようです。
これはおそらく、一人で狩るということが念頭になく、
自分も他人の装備で技量を補ってもらって進んできた記憶があるからこそ
下位の部屋に常駐して駆け出しのハンターを補助するという戦いに
やりがいを見出すのだと私は考えます。

ゆっくりならともかく、有り余る技量でさっさと進んでしまった人は
次の目標を自ら見出さなくてはならないのですが
ドスやP2G、トライで充実した戦いを経験すればするほど、
そこから先の戦い、別の狩場で、似たような戦いを構築できるかどうか、
これも自分の経験からかなりの疑問に思います。

今まで伝説になるような「最高の一戦」はシリーズごとにいくつか
生まれてきました。例えば4本ソロ、老山龍や峯山龍のソロ、
あるいは記録にはなくてもペア狩りやパーティなどで
思い出に残る一戦、それらはどれも「最高の」一戦だと思います。

最高の一戦というのは、敵が強くて格好良くて、苦労して希望をもって戦って
最高の形で勝利を収めた、そんな一戦だと私は思うのですが、
一方、最高の一戦というのは今挙げたようなクエスト内の要素だけで
満たされる条件でもないと思うのです。

それは今まで育て上げてきたキャラクターがあって、
つないできた古い絆があって、愛着のしみついた武器防具があって、
その日その日のテンションがあって、日常の経験とハンターの世界との
絶妙なリンクがあって、挑もうという発起から勝ったという満足までの
過程があって。

その全てが輝ける最高の一戦であるからこそ、
それと違う、しかし似たような何かを改めて経験したいという欲求は
少しずつ弱まっていくのではないでしょうか。

ソロにしろパーティにしろ、そうしたものだと思います。
姉妹で駆けた森丘も、沼地も、古塔の上も、
火山に吹いた緑の風も、最高の思い出であるがゆえに、
それは越えられないものであり、それと比べようとしてしまう限り、
全ての新しい楽しみは色あせてしまうと思います。
あまつさえ、それは過ぎ去った最高の一戦を
「もう戻らない過去」として遺影に収めてしまいかねません。

そういう満ち足りた境地に立ったからこそ、
急いで次の境地に立って、そこからの景色を睥睨する欲求や
必要に迫られなくなった。
それが一つの旅の終わりであり、一つの停滞ではないかと思うのです。

私なりの結論はこうしたものになりました。

ここで私がモンハンと向い合って楽しんでいくために
思うことは「ひとつ新しい別のゲームとして」ということ。
支援戦術に関する経験があるのは確かなんですが
ドスで活かした戦術は経験や考え方としては
残ってて当然のものではあるけれど、その理論だとか
ツールだとかを、決して同じ物として新しいゲームに持ち込むべきでは
ないと思うのです(MAGみたいなまったく別のゲームに
モンハンの知識や理屈を持ち込むのは全然可能だと思いますが)。

これまでも私は回復弾を撃ってきました。
しかし、それはこれからやっていくP3rdにはあまり関係ないと
私は今考えています。
私はユクモ村で改めて、回復弾に出会います。
他人を回復させるようなツールは私の好みだから、いいと思います。
麻痺弾は、飛甲虫の麻痺針というアイテムで量産できるようです。
そうしたことを発見しつつ、一つ一つP3rd用の理屈を、
まるですっかり忘れていたことを一つずつ思いだすように、
「創り」上げていくのがP3rdの愛着を作るための
付き合い方かなと思います。

だからそんな心境になってもう一度モンハンを楽しもうという気分になるまで
狩りを休んでいたのはかなり正解だったと思いますし
まあ今からもモンハンはそれより前と違ってそればっかりやってるような
エースにはなりえないけども
今からは今からの付き合い方でよろしく頼もうかなと思っております。

皆様におかれましてはどのような折り合いを、
それぞれの道に付けられましたでしょうか。

これからもそれぞれの納得の行くように良い狩りを、と願う限りです。


最後になりますが、かなり長くなってしまいました。
ここまで読んでいただいた皆様には、
お付き合いいただいたことに深く感謝いたします。ありがとうございました。
| 日常と雑記 | 2011.02.18 Friday | comments(2) | - |
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| - | 2017.07.20 Thursday | - | - |
コメント
こちらでは初めまして、お邪魔します。
ロックラックでべるさんには白狼の名でお世話になりましたJuJuと申します。

僕は湯煙の里でアセンブルのないヘビィを扱う中で感じていた
「停滞、とは似て非なる何か」にずっと疑問をもっていたのですが、
表題の記事を読ませて戴いて自分の胸の引っかかりがとれたような気がしています。
誠勝手ながらそのことに感謝の意をお伝えしたかったので参上しました。

トライで味わった「最高の一戦」を演じようと、越えようとして、
それができない自分に苛立ちや戸惑いを感じていましたがそれは間違いだったようです。
新天地でそんなに簡単にできてしまうものが最高には成り得えませんものね。

これからはまた違った一歩が踏み出せそうです。
ありがとうございました。

またこちらでもさふぃさんの記事に触れさせて戴いているので、
何か不都合などあれば仰ってください。

新天地で吹く新しい緑風に想いを馳せつつ、
何れかの狩場で再び縁が繋がることを願っております^^
| JuJu | 2011/02/28 10:04 PM |
ご来訪ありがとうございます。
ようこそサフィ邸へ、ミリーベルがお世話になしました。

御ブログにも伺いました。問題なんてありませんですよ。ご紹介までいただいてありがとうございました。

この種の停滞は、今思い返せばトライの頃にこだわりすぎて道を踏み外したポイントである、
と我乍ら思うのです。
私にとっても、ドンドルマで過ごした5年の月日はあまりに輝かしく、
どこかでロックラックでも同じような風景に出会えるのではないかと思う心があったのです。
でもそれはほとんど「下心」のようなものでした。
ドンドルマへの未練を残しては、ロックラックに失礼にあたるようです。

だからユクモで同じ轍を踏まないように考えたこと、本来ロックラックで心がけていたことが、
「一度新しいゲームとして」ということでした。

みんなに、素敵な思い出に彩られた「最高の一戦」があって、
その向こうにまた「違った」楽しみに満ちた道が続いているとすれば
それもまた、とても素敵なことだな、と思う次第です。

アドホックパーティでは変わらず活躍していますが、ロックラックは
今どのような状況であろうか、と案じています。
もし今後縁がありましてご一緒するときには、私なりベルなりが吹かせる緑色の風を
ご堪能下さいませ。

コメントありがとうございました。
| さふぃ | 2011/03/01 7:48 PM |
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